Famous Diamond
重量:34.46カラット
カラー:非常に明るいグレイッシュグリーン
産地:米国ウエストバージニア州ピータースタウン
ダイヤモンドの発見というと、普通はエキゾチックではるか遠くの土地を心に描くでしょう。
ダイヤモンドの専門家としては、それがダイヤモンドのイメージとして魅力的な一部分であることを知っています。
しかし、ダイヤモンド発見の物語には、私たちが身近に感じる国も含まれているのです。
多くの人は、米国内でこれまでたくさんのダイヤモンドが発見されている事実に驚きます。
アメリカの石はサイズや血統の面でアフリカやインドのものに及びませんし、アメリカが商業的な生産国になったこともありませんが、それらの石はダイヤモンドのコマーシャルと、国民の関わり方の中で重要な役割を果たしてきたのです。
そのような石の1つが米国でこれまで発見された最大の漂砂ダイヤモンドである34.46カラットのパンチジョーンズです。
この丸みをおびた12面体は、1928年4月にウエストバージニア州ピータースタウンのグローバーCジョーンズと息子のウィリアム”パンチ”ジョーンズが発見しました。
パンチは当時の状況をこう説明しています。
「蹄鉄投げゲームで地下1フィートの深さに穴がくりぬかれていた。一投げすると蹄鉄がチャリンと鳴って穴の中に光るものが現れた。これを掘り出すと直径4分の3インチのとても輝いた丸みをおびたガラスの塊だった。見てみろダイヤモンドを発見したぞ!と俺は言ったんだ。そんな簡単なことは無いので真剣に考えなかったが、特徴のある綺麗な石だったので美術品として取っておいた。途方もない疑念を冷やかされたくなかったので検査には出さなかった。」
15年の間この石は古い道具箱の中に入ったままでした。
1943年ジョーンズは、ついにこれをバージニア州工芸大学の地質学教授に提出しました。
この石がダイヤモンドであると確認して、その教授は次のように述べます。
「これは米国東部でこれまで発見された最大のものです。良い色で比較的内包物も無いようです。」
自分の石がダイヤモンドであると知ってからすぐ、パンチは第2次世界大戦で戦死しました。
彼の家族は、ダイヤモンドを未カットのままにしておき、彼を称えて”パンチ”と名付けました。
1984年サザビーのオークションで74,250ドルで売れるまで、彼の家族はこの石をワシントンDCのスミソニアンインスティテュートに貸与していました。
本文の参考資料並びにソース:GIA DIAMOND GRADING